ayaさん その1


2008年9月11日・・・
この日は私がハワイ島セミナーに参加することを決めた日でした。

ハワイに憧れて朱いハイビスカスというサロンの朱実さんを知り ロミロミの勉強は
すぐに出来ないけど どうしてもハワイのつながっていたくて
思い切ってフラの教室に通い始めたのも9月11日でした。

ちなみにドリーン・バーチューの「エンジェル・ナンバー」という本によると
『911』にはこんなメッセージがこめれれているそうです。
あなたの思考は今まで以上のスピードで現実化しています。

思考を聖なる人生の目的に向け望みにだけ集中し、
どんな不安も疑念も天にゆだねて変えてもらってください。

フラのときもでしたが、今までの私は自分から何かの輪に入っていく!
積極的に参加する!ということをほとんどしてこなかったので
今回の決意に一番びっくりしているのは私本人です。

私を知るほとんどの人たちはこんなことを話してもきっとみんな「えーーーっ?うそ~」と
信じてくれないでしょう。 明るさだけがとりえでしたから、いつも人から
「元気はつらつとしてるねー!」といわれていました。

でもそれは、ただ単に人目ばかりを気にしていたからでした。 最近気付いたんです。
自分で思いっきりテンションをあげて、人前で笑える状況になってから、
外にでている自分がいたことを。
だから気分が乗らないときは何日も人に会わない様にしていたんです。

それに幼いときから、地元でも名の知れた父の存在が大きすぎて、どこへ行っても大人から
「お父さん元気か?」と聞かれ、幼心ながら”父に迷惑をかけられない”と
思ってしまっていたのでしょうね。

普通に自分のやりたいことをする!といういたってシンプルな行動を
そこからできなくなってしまっていたようです。そんな私は、これまでの39年間、
出産の入院以外親元を1週間以上離れたことが1回もない人でした。

高校を卒業して東京のデザイン専門学校に通うつもりでしたが3姉妹の末っ子の私は
残された両親の事が急にかわいそうになって行く気を失い地元で就職することにし、
数年後やっぱりまた行きたくなるのだけど 同じ理由で諦め、そしてお婿さんをもらって
跡継ぎをするものの田舎の町でただ仕事と子育てとに追われて何の楽しみもなく
しかも子供は全然いうことを聞いてくれない いつのまにか自分の好きなことをしてこなかった
自分の後悔を、すべて親のせいにしはじめたのです。

跡取りをするはずだった姉のことも随分うらみ続けました。(自分が決めたことなのに)
両親同士も最近は喧嘩ばかりで、両親と同居しているのに生活は全くバラバラで、
なんか違うよな~こういうの・・・と 思うのだけど、どうせ言っても分からないしと
初めから諦めていました。

そんな両親とお婿さんの主人との板ばさみ、家業の商売のこと、町内の付き合い
親戚の付き合い、子育て、子供の親の付き合い・・・
あれこれ考えてもまったく楽しい気分になれないとき 私は心の底から
「ハワイに行きたーーーい!」と声に出して、涙ながらに叫んだときがありました。

その数日後、朱実さんからお誘いのメールが届いたのです。 もちろんこの状況。
父が許すはずがない。娘が不登校でただでさえ体裁が悪いと思っている(と思う)のに
母親が1人でハワイなんて!絶対ムリだと半分以上諦めていました。

・・・が、 お断りのお返事を出した私を、
朱実さんは諦めず再度プッシュしてくださって・・・
まあ、だめもとでTRYしてみよう!という気持ちになったのです。
初めは主人に朱実さんからのお誘いの言葉のメールを読ませました。

やさしい主人は、案外すぐにOKしてくれました。感謝 でも問題は父です。
直接話す勇気はまだないので いつもの仲介役の母の元に行きました。

何て言おうかあれこれ考えていたのに 口から出た言葉は
「40歳のバースデープレゼントとしてハワイに行かせて!
跡取りしてがんばってきたご褒美としてお願い!」
全くわがままな内容に自分でもびっくりでした。

でも、不思議ですよね~ 母は驚きもせず「Kちゃん(主人)はいいって言ったの?
ほんとにあんたは幸せもんだねえ・・・いってくれば」 えーっ?こんなあっさり?
お父ちゃんにいっといてくれる?とお願いして後で父の反応を聞きに行ってみましたが
ちゃんと母がいいように伝えてくれていたようで 父の了解も得ることができました。

娘達のこともすごく気にはなっていましたが
朱実さんからのお言葉と、数字のメッセージをとにかく信じよう!
きっと上手くいく!と思うことにしたのです。

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